山王坂の周辺は昔、狐が多く住んでいたらしく、徳本念仏塔の付近では狐をよく見かけることが出来たそうです。
宅地化、農地化が進む以前は、日中であっても雑木林に囲まれて薄暗く、袋に触ると黄色い粉を噴き出す“狐の煙草”と呼ばれるキノコが生えていたこともあり、女の人などは気味悪がり足早にこのあたりを通り過ぎていったとのこと。
そんな様子だからでしょう、この坂みちにはこんなお話しが伝わっています。
昔、滝地区に七べえさんというおじいさんが住んでいました。七べえさんは、肥を運ぶため天秤の両端に桶をぶら下げて毎日のように山王坂を往復していたそうです。
ある日、七べえさんは徳本の碑の前まで来ると、いつものようにひと休みしようと桶を置いて腰を下ろした途端、居眠りをはじめてしまいます。
ふと気がつくと、いつの間にやら七べえさんは川の中にいて、何とか川を越えようとザブザブと水の中を歩きますが、なかなか対岸につくことが出来ません。
翌日、七べえさんの隣に住んでいる伝べえさんが、天秤棒だけを担いで「おお、深い、深い」と言いながらソバ畑の中を行ったり来たりしている七べえさんを見つけます。
「どうした、七べえさん?」と伝べえさんが声をかけると、七べえさんはやっと正気に返りました。
七べえさん、どうやら狐に化かされ一晩中、川越えの真似事をさせられていたようです。
それから何日かして、悔しくてならない七べえさんは、今度は狐に仕返してやろうとばかり、天秤棒だけ担ぎ、さも重い桶がぶら下がっているようにして、山王坂を登り徳本の碑までやってきました。
碑の前まで来てみると、天秤棒が急に重くなり、棒の両端に今まで無かった桶が下がっている。
「ははん、狐のヤツ、出おったな」と思い、そ知らぬふりをしてひと休みをするふりをすると、不意に天秤棒を振り上げて桶の胴のところを思いっきり打ち付けました。
たまらず狐は、悲鳴を上げると転がるように逃げていったと言います。
こんなことがあってからというもの、この辺りで悪さをする狐は出なくなったそうです。
昔話に在る地を巡る
山王坂の狐
〔 参考文献 〕
- 三栗山財産管理委員会 編 (1993) 『田名の歴史』