相武電鉄上溝浅間森電車庫付属資料館
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町田東部に見る天狗伝承


 町田市の東部にあたる南地域には、天狗にまつわる事物を見ることができます。

1.3体の天狗道祖神

 横浜市との市境から恩田川を遡った成瀬地域に、3体の天狗を模した道祖神が祀られています。

写真:東光寺の天狗道祖神 【東光寺の天狗道祖神】
所在地 東京都町田市南成瀬8
建立時期 享保8年(1723年)
形状 舟形光背立像
高さ 490mm
310mm
奥行き 140mm
刻字 (右)奉建立 道祖神
〔左)武юャ瀬 東光寺村惣氏子




写真:西ノ久保の天狗道祖神 【西ノ久保の天狗道祖神】
所在地 東京都町田市南成瀬4
建立時期 享保14年(1729年)
形状 舟形光背立像
高さ 960mm
420mm
刻字 (右) 建立 武яス摩郡成瀬村
(中)○
(左) 享保十四年三月...




写真:中村の天狗道祖神 【中村の天狗道祖神】
所在地 東京都町田市成瀬5
建立時期 元文2年(1737年)
形状 舟形光背立像
高さ 670mm
370mm
刻字 (右)奉 造主 祭神
       武яス摩郡成瀬○之根村
(左)元文二巳七月吉祥日氏子...


写真:薬師堂跡に建つ石仏群
 東光寺の天狗道祖神の傍に立てられた説明文によると、成瀬村中村に三間四方の薬師寺があり、ここを拠点として修験者が祈祷を行いながら造塔信仰を広めていました。

 ここにある薬師堂は、成瀬7丁目の市立成瀬コミュニティセンター付近にあったといわれ、その付近には現在、石塔群が残されています。
 町田市図師町にあった大蔵院(廃寺)の末寺であったと伝わる薬師堂の建立は不明ですが、三州鳳来寺にあった薬師如来を天文元年(1532年)に当堂へ本尊として遷座させた云われることから、この前後であったとも考えられています。
 またの名を鳳来山五大院と言いますが、堂の傍で寝起きし堂を守護していた修験者の名が五大院であったそうです。

 この薬師堂には禅家(禅宗)の修行場『会下山寮』があったとも云われています。



2.天狗にまつわる言い伝え

 薬師堂や天狗道祖神のある成瀬から恩田川をさらに遡った南大谷には、天狗に関する言い伝えが残されています。

坊山の天狗

 町田市立第二中学校があるあたりは、明治の初期まで鬱蒼とした森があったそうです。

 ある日、農夫が繭を積んだ馬に自分も乗り、高ヶ坂のほうから険しい坂を登ってこの森に差し掛かった時のこと。
 ここは昼間も暗く天狗が出るという話しも耳にしていたが、「まさか、こんな真っ昼間に天狗様がこの俺の前になど姿を見せることもなからろう」とたかをくくって鼻唄交じりに進んでいきました。
 森の真ん中辺りにさしかかった時、どこからともなく不思議な笛の音が聞こえてきて、その妙な音色に少し眠気を感じたかと思うと、突然、農夫の前に大天狗が立ちはだかります。
 大天狗は手にした大羽根団扇を一扇ぎ、するとゴォッという一陣の風塵が巻き起こり、農夫は馬の背が飛ばされてしまいました。

 こんな出来事があってから、土地の人々はこの辺りを『坊山』と呼ぶようになったとか。

 坊山にある「坊」は恐らく、天狗の名に“○○坊”というものが多く見られることから名付けられたと考えられます。
 町田市では、この他に箭幹八幡宮(町田市矢部町)でも天狗に関する言い伝えをみることができます。

〔 参考文献 〕
 ・ 町田市教育委員会 (1998) 『町田の民話と伝承 第2集』

2015.12.01 初示 / 2016.02.16 改訂


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