津久井の神社・小祠
葉山島地域
名称 | 所在地 | 備考 | |
---|---|---|---|
諏訪神社 | 緑区葉山島664 | ||
三嶋社 | 緑区葉山島581 | ||
小社(葉山島①) | 緑区葉山島64 | ||
鹿島社 | 緑区葉山島604 | ||
金山神社 | 緑区葉山島1207 | ||
羽黒社 | 緑区葉山島116 | ||
浅間社 | 緑区葉山島352 |
諏訪神社
覆殿 | 入母屋造 14.0平方m |
---|---|
本殿 | 権現造亜鉛葺 3.3平方m |
拝殿兼神楽殿 | 入母屋造 40.5平方m |
祭礼 | 8月28日 |
社格 | 村社 |
別当 | 小倉山東林寺【葉山島】 |
天和3年(1683年)に60年余り神殿が汚損されていたのを再建したとあることから、創建はそれ以前と考えられます。
葉山島村の鎮守であり、その管理には4年ごとに各地区から1名ずつ、4名の世話人を選び祭礼の際は宿を行い、神官接待を行いました。
三嶋社
創建 | 天保9年(1838年) |
---|---|
覆殿 | 295cm×216cm2146cm |
祭礼 | 8月25日 中平地区の男衆により行われる |
別当 | 小倉山東林寺【葉山島】 |
収められている神札から天保9年9月に東林寺により勧請されたと思われます。
明治4年村明細書上帳によれば、「御除地 十五歩 一ヶ所」とあります。
その後。明治10年に再建されたが、昭和41年9月の台風により破損。10月に修復されました。
小社(葉山島①)
詳細 | 不詳 |
---|
鹿島社
創建 | 大正4年(1915年) |
---|---|
覆屋 | 80cm×90cm×125cm |
台座 | 115cm×115cm×88cm |
大禮記念に国家安定、養蚕豊産を願い、斎藤政治郎氏によって建立されました。
もとは葉山島610にありましたが、ゴルフ場造成に伴い現在地に移されました。
金山神社
覆殿 | 160c×m192xm×240cm |
---|---|
本殿 | 100c×m64xm×108cm |
別当寺 | 小倉山東林寺〔葉山島〕 |
創建は定かではありませんが、納められている神札からは寛政年間にはすでに建立されていたと考えられます。
また、もう一枚の神札からは大正15年に再建されたことが読み取ることができます。
羽黒神社
創建 | 正保元年(1644年) |
---|---|
祭神 | 伊氏波神・稲倉魂命 |
覆殿 | 切妻造 9.75平方m 172cm×186cm×182cm |
本殿 | 流造 1.1平方m 172cm×186cm×182cm |
正保元年(1644年)に東林寺二十世慶算上人より東林寺境内に建立されたのが始まりとされています。
その後、下川原の名主 中里 太郎左衛門が願主となり下川原地区の鎮守として当地に遷座しました。
浅間社
祭神 | お蚕神 |
---|---|
覆殿 | 283cm×374cm×353cm |
本殿 | 170cm×199cm×265cm |
祭日 | 4月16日 |
当初は東林寺裏の浅間山にあったが、戦時中に東林寺境内へ移したとのことです。
奉納されている手洗鉢には「文化六巳年七月」「奉納 丸玉講」などの刻字があり、文化年間にはすでに建立されていたことが分かります。
九玉講とは、三増村(現・愛川町三増)を中心とした富士講で、葉山島村もこれに属しており、元文年間には32軒が九玉講の信徒でした。
〔 参考文献 〕
- 城山町教育委員会 (1996)『城山町小祠報告書』
- 津久井郡広域行政組合 (1987)『津久井郡文化財・神社編』