神奈川県道63号旧道に沿って

神奈川県道63号線は、相模原市境の高田橋から厚木市境の才戸橋まで、愛川町東部の中津地域を通る道路ですが、交通量の増加や春日台地区の宅地開発よりルートが変更されています。
ここでは、旧ルートであった道すじを紹介します。
大塚






このあたりには明確に県道であったことを示すものはありませんでしたが、大きな家屋が点々と目に入ります。

中津原台地の縁の辺りに人家が多く集中しており、旧道付近はそれほど人が住んでいなかったことが判ります。

春日台
春日台地区との境界で旧道は消滅してしまいます。
昭和38年(1963年)にこの一帯が住宅地として買収、整備された際に県道の付け替えが行われ、大塚から中津交差点までの間が廃道となりました。
宅地開発される前、昭和30年ごろの地形図を見ると現在の春日台地区のほぼ中央を旧道が通り抜けていたのが判ります。
住宅地となる前はこの辺り一帯は桑畑だったそうで、桑の葉が生い茂る頃には両側の桑畑から伸びた枝葉が道に覆いかぶさるほどだったと云われています。
ちなみに宅地開発後、住居表示が施行された際につけられた大字「春日台」という名は、この一帯で生産されていた桑の品種“春日”が由来になったとのこと。
春日台を過ぎ、再び中津となるところから旧道の道すじが戻ります。
旧道は現道や横須賀水道みちと交差する中津交差点へとたどり着きます。
これまで旧道らしき痕跡はほとんどありませんでしたが、この中津交差点で旧式の案内標識を見ることができました。
この道が県道であったころは、右方向・北へと進む県道65号線は三増トンネルが開通しておらず、自動車では三増地域までしか立ち入ることができませんでした。このため、目的地が三増を指しています。
旧道のルートとなる直進の道すじの目的地にある「小野」は厚木市小野となります。
昭和38年(1963年)にこの一帯が住宅地として買収、整備された際に県道の付け替えが行われ、大塚から中津交差点までの間が廃道となりました。

住宅地となる前はこの辺り一帯は桑畑だったそうで、桑の葉が生い茂る頃には両側の桑畑から伸びた枝葉が道に覆いかぶさるほどだったと云われています。
ちなみに宅地開発後、住居表示が施行された際につけられた大字「春日台」という名は、この一帯で生産されていた桑の品種“春日”が由来になったとのこと。



これまで旧道らしき痕跡はほとんどありませんでしたが、この中津交差点で旧式の案内標識を見ることができました。
この道が県道であったころは、右方向・北へと進む県道65号線は三増トンネルが開通しておらず、自動車では三増地域までしか立ち入ることができませんでした。このため、目的地が三増を指しています。
旧道のルートとなる直進の道すじの目的地にある「小野」は厚木市小野となります。
熊坂






