中央区淵野辺本町1丁目にある日枝神社はまたの名を山王大権現ともいい、当地の人々からは山王様の名で親しまれています。昔、この一帯はこの神社にちなみ山王村という名であったともいわれています。
さて、この日枝神社の一番奥、社殿の裏手には幾つかの石祠が置かれています。しかし、この祠は特にお参りなどもされず、ただ“安置”されているだけだと云われています。
この祠には元々、この地域の各々の屋敷で稲荷様を祀っていたものだそうです。
稲荷様は五穀豊穣の神様として多くの農家で祭られ、2月の初午には赤飯などをお供えしてその年の豊作を祈願しました。
ここにもやはり、稲荷様を祀った石祠を屋敷に建て、深く信仰していた老人がおりました。
ある年2月の初午、毎年と同じくにその年の豊かな実りを熱心に願ったその真夜中、この老人の夢枕に白狐を従えた稲荷様が訪れます。
稲荷様は「石の祠は寒いので木造に作り替えるように」とだけ告げると、姿を消してしまいました。
次の朝、起きてみると庭先に陶器で出来た白狐がある。老人は「あの夢は正夢であったか」と驚き、早速、大工を呼んで石祠を木のお社に建て替えたそうな。
すると、不思議なことに農作物の出来がよくなった上に、次々と良いことが起こり、老人の家は大層幸せにくらしたそうです。
これを知った村の人々も「なるほど、そうか」とばかりに、石の祠から木造の社へと建て替えていきました。
こうして神様が住み替えたあとに空き家となった石祠が残されたのですが、これを粗末に扱うわけにもいかず、「一時、山王様に預かってもらいましょう」と納められたのが、今に至ったわけです。