相武電鉄上溝浅間森電車庫付属資料館
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地図:上溝周辺の各駅位置 上溝駅の謎

 相武電鉄線と相模鉄道線(現在のJR相模線)との乗換地点でした上溝ですが、相模鉄道との関係や地形的な関係から一概に駅の位置は決まらなかったようです。
@ 横山下駅
A 上溝駅(相模横山駅・本上溝駅)
B 相武上溝駅
 こちらでは、その「上溝駅」の転遷をご紹介してまります。
 

@ 横山下駅
 当初、相武電鉄が計画していた上溝町の駅予定地は「横山下駅」という名で、今日のJR相模線上溝駅からもっと橋本寄りに建設される予定だったそうです。
 サトウ マコト氏著の「幻の相武電車・南津電車」によると、
写真:上溝(横山下)駅予定地点
・・・上溝駅となるであろう横山下の相武・相模両鉄道の駅の位置は、現上溝駅からはやや橋本よりで県道相模原立川線の高架陸橋と100メートルの現上溝よりの場所だ(上溝五丁目十四番)
 と、あります。この周辺は現在、市立横山公園となっており、相武電鉄路線は公園内にある野球場の東側を通り矢部新田へほぼ直線に向かって行く筈でした。
 しかし、実際にはこのルートによる路線建設は行われませんでした。その理由として・・・、
 などが、挙げられるのではないでしょうか?
 ところで路線変更が決まった時期ですが、ちょうどこの上溝町内交差問題で相模鉄道と対立したころと考えられます。ただし、「横山下駅」は相武電鉄が予定していたものですから、その位置を相模鉄道側が同意していたどうかは怪しいところがあります。


写真:現在のJR上溝駅 A 上溝駅(相模横山駅・本上溝駅)
   現在のJR相模線上溝駅は開業当時、「相模横山」と呼ばれていました。当初「上溝」の冠を頂いたのは、現在の番田駅でした。「上溝」という駅名につられて誤って降りる乗客が多くあったため、上溝町民の陳情により相模横山は「本上溝」と改称されることとなります。
 昭和19年の国有化により二つの駅は、それぞれ本上溝は「上溝」へ、上溝は「番田」と落ち着くこととなりました。

 相武電鉄との交差問題の際、上溝駅の設置が危ぶまれたことがあります。これは相武電鉄の上を通ることとなっていた相模鉄道の軌道面が、鉄道法の規定に定める高さより2m50cmほど足りず、盛土をすることとなった場合は上溝駅あたりも勾配の途中となる可能性があったためでしょう。


B 相武上溝駅
 さて、実際の相武電気鉄道上溝駅ですが、相模線(当時は相模鉄道線)の交差部にあったわけではないようです。

 国土地理院に所蔵されている旧日本陸軍の空中写真から相武電鉄路線敷跡を辿ってみると、相模線との交差部分から浅間森寄りの姥川橋梁を渡る手前の部分に、電車が行き違いできる交換設備跡のようなものが見られます。
 現在、ダイエー上溝店の店舗または駐車場となっているこの付近は、横山丘陵と姥川に挟まれたなだらか斜面が続くこの地域にしては意外なほど広い平地となっています。相武電鉄が上溝駅を設置するために整地したのででしょうか。
 


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